頭ではわかっていること

頭ではわかっているのだけど、胸の奥の方で何かが麻痺してしまっていて、行動が止まらない。

つくづく、理屈と感情は別物なんだなあと思う。

やめときゃいいのに、やめられない。いや、我慢できないとかっていう類のものじゃないんだけど、体が止まらない。自分の行動を、もう一人の自分がどっか外から客観的に眺めているような感覚。

やめときゃいいのにねって、自分で思ってる。

こういう症状を、なんと呼ぶのだろうか。

悲愴ばかり聞く日々。

ちょっとしたことがきっかけだったのですが、最近ベートーヴェンの悲愴ばかり聞いています。一曲5分くらいだとして、2時間の通勤中。

たまに同じベートーヴェンの第九を挟んだりしますが、最終的にはまた悲愴。

この曲、超有名だしもちろん僕だって聞いたことあったのですが、こうして改めて聞いてみるととんでもなく美しい曲なんだなとちょっと驚いてしまいました。

僕はクラシックはそんなに詳しくないし、ピアノの良し悪しもよくわかりません。正直、同じ楽譜を読んでるはずなのに本当に違いがあるもんなのかと思っちゃってたりしました。

ただ、ただただ、美しい。もう言葉を失うくらい、この曲は美しいなと思うわけです。

あ、それなりに元気です。色々ありましたが。

カメラが上手くなりたい

なんとなく、練習したいなというか上手くなりたいなと思ってることが二つあります。

一つはカメラ。そしてもう一つがピアノです。

別に理由は特にないのだけど、いづれも近くに上手な方がいて「今からでも遅くないしやりたいならやればいい」と言われたので、やって見たいなと思ってるわけです。

つっても、ピアノはね。まず、持ってないからね。あと音符も読めないからね。

というわけでカメラ。ペンタックスの一眼レフを持ち出して公園を歩いてみる。なんとなく撮ってみる。

平和そうだなあと思って芝生に転がる。

Sigur rosの曲が頭をよぎる。

この曲、弱いんだよなあ何故か。

恋はやめられるもんじゃなくて落ちるもんだから。

よく聞く言葉だけど、こないだ知人と話していた時のこと。こんな言葉を聞きました。

「私、社内恋愛だけはやめようって思ってるんです」

その人の会社の男女事情がどんな感じなのかわかんないけど、僕はそれはどうかなあと思っちゃうんですよね、いつも。

やめようって思ってやめられるもんじゃないだろうと思うのです。
そんなつもりなくても気づいたら落ちてしまってるのが恋であって。

まあ、わかりますよ。社内でもなんでも、同じコミュニティの中での恋愛はいろんなリスクがあります。
そのままゴールインすればいいんだろうけど、別れたらそのあとが気まずい。
本人同士ならまだしも、周囲が気を使ったり下手したら小さな亀裂がきっかけでコミュニティ自体が崩壊するかもしれない。

僕も学生時代、初めて付き合った子が仲の良い友達グループの中の子で、別れた後にそのグループはなんとなく疎遠になって行きました。まあそれだけが原因じゃないけど。

でも、頭でわかってはいても落ちるときは落ちる。
ダメなもんはダメ。そういうもんなのです。

この週末は台風が来てて基本的に家の中でゴロゴロしたり本読んだりして過ごしてたけど、雨、やめましたね。
止まない雨はない。明日の朝も、晴れますように。

悔しいなあ。

ここ2年くらい、そこそこお世話になっているクライアントに新企画を持ち込んだのです。

ただ、結論からいうとちょっとイマイチな反応。
そうは言われなかったけど、「中途半端」な印象を持ったんだろうなと思いました。

悔しいと思いました。自分なりに考えて「いいな」と思った企画だったし、すぐに即決じゃないにしてももう少し検討してもらえるんじゃないかと思ってたから。
でも、感想というかレビューをいただいて、自分の企画力の中途半端さを思い知らされて。

悔しいなあと思いました。
アポの後に食べた刀削麺。あんま美味しくなかった。
同行してた子と帰りの電車の中でなんとなくの会話をしていても、一息つくと出てくる言葉は「悔しいな」の一言。

精進します。

京都を選んで良かったと思う。

京都に来ています。

京都。
きょっと。
キョート。

といっても京都、何度も来てるんだけど。

大学で四年間過ごし、その後も何度となく訪れています。
そのほとんどは仕事でだけど、プライベートでも何度か来ています。

こんだけ何回も来てるのに、毎回思うのは「やっぱいいなあ」ってこと。
もう僕が知ってる人はほとんどいないのに、いまだに帰って来た感がする。

誰もおかえりと言ってくれるわけじゃないんだけど。

今から、四条烏丸出てご飯食べいきます。
肉。

きょっと。

自分のことを言語化すること

今日、仕事で某女子大生を取材しました。

男子学生の取材はよくするのだけど、女子学生の取材は久々だったからちょっと勝手掴むのに時間かかってしまった。でも、「この子は何かある」と直感があったのですよ。
そしてその直感は、正しかった。面白かったです。

まあ、それはいいとして。

自分のことを言語化してちゃんと話すって、そんな誰でもできることじゃないと思う。僕だって出来ない。
そしてありのままに話すことも、大人だとなかなか難しいんじゃないかと思うのです。

僕も取材の類は何度か受けたことがあります。大半が僕の仕事内容についてだけど、中には僕自身のことについて、ということもありました。

ただねー、ダメなんですよね、どうしても、対外的な見え方を気にして喋ってしまう。一応、会社の肩書きで取材に答えるからですね。
もしも完全匿名で顔も出さないならもっとガッツンガッツンな発言ができるかもだけど、そうもいかんのです。

つまり、本当の意味での自分のことじゃない。
でも同時に、会社や仕事じゃない文脈の僕の話なんて聞きたい人いるのかな。

なんかそんなことを考えてしまったのでした。

感情と考えること

IBMのトーマス・J・ワトソンSrは、「think(考えろ)」と言いました。

ブルース・リーは「考えるな、感じろ」と言いました。

人生色々あるけれど、僕は人生において最も大切なことはこの二つだと思っています。
特に「感情」は本当に大切な宝物だと思っています。

何かに悲しいと思ったり嬉しいと思ったり幸せだと思ったりドキドキしたり、そうした感情を抱くことが出来る機会ってそうそうありません。

僕は好きな人と興味がない人が本当にはっきり分かれるので一層。愛想笑いとかできないし、つまんないものはつまんないし興味持てないものは本当にできないのです。

感じることのない人生なんてつまんないと思っちゃう。しんどくても、それを超えればきっと幸せになるし、その時まで耐えるしかない。

一方、考えることも大事で、考えるのを止めてしまうと自分にとって大切なことを見落としたり失ったりすると思っています。
ただただ、現実が目の前を過ぎ去っていくのを眺めるだけになってしまいます。

今日、何人かの学生のプレゼンを聞いていて、思考力の深さにこんなに差があるのかとちょっと驚きつつ絶望的な気持ちになりました。
申し訳ないけど、日頃、あらゆることに対して洞察し、考えるかどうかの違いが出てんじゃないかなと思ってしまいます。

もちろん、考え方のノウハウやトレーニングは必要だと思うし、僕はどっちかというと感性のタイプでロジカルに考えるのは苦手なので、もっと練習しないとなと思ってますが、それでも「think」というメッセージは大切にしています。

考えて、感じて、忘れて、また考えて、感じて。
あとどれくらい生きるのかわかんないけど、そのサイクルのまま生きることができたらいいなあと、そう思います。

生きづらさと付き合う

割と昔っからそうだけど、周囲と自分とのテンションとか考え方、嗜好性の差みたいなものに悩まされていて。
いや、悩まされてるってほどじゃもうないんだけど、昔は結構「どうして僕はみんなと同じものを好きになれないんだろう」とかって結構思ってた。もう諦めたけどね。

他の人がいいと言ってるものが僕はいいと思えなかったり、他の人が楽しそうにしていても僕は楽しくなかったり。

一対一で話していると普通に話せる人が、集団で会話する時になるとどうにもうまく話せなかったりする。

多分、距離感の取り方が下手なのだと思うしもっというと距離感に敏感すぎるんだろうなと思う。

勿論、こんな悩みはきっと誰もが大なり小なり持ってるんだと思うし、みんなある程度我慢して折り合いをつけてどうにかこうにかやっていくのが人生なんだろうと思う。

でも僕は、折り合いをつけようとあんま思わない。コミュニティに所属するのが苦手。だから一人でふらふらと行動するのが好き。そして、たまーに巡り会う、「この人、合うな」って思う人との仲を大切にしたいと思ってる。

でもたまーに思う。この歳になってもまだ思う。「どうして僕は、こうなんだろう」と。

雨上がりの街道を見下ろしながら、僕はのんびりとそんなことを思っている。

こだわれない

興味あるんだけどこだわれないものってあります。

そういうものは多分、本質的に向いてないんだと思うんです。だって僕は別にこだわれない人じゃなくて、どっちかというと無意味に凝ってしまうタイプだから。

でも、これない。追求できない。もどかしいなああと思うんだけど、ある一定のところから先に行けない。

今日、数年ぶりに会った人と話してて、僕がすっごく憧れることを追求してて素直に「うらやましいなあ」と思いました。

「やればいいじゃないですか」って言われてそれは本当にその通りなんだけど、なんかそっから先に進めないんですよ。
なんでなのかわかんないけど、中途半端になっちゃうんです。

こだわれるもの、追求できるものって貴重だと思う。
そんなに多くはないけれど、そういうのって僕にもある。

うーむ、何だかもどかしい。世界を広げたい。広げつつ、深めたい。
嫉妬、しちゃうぜ。