女性。

僕は当然ながら男なので女性の気持ちは本当の意味ではわからない。

そして、可能な限り、僕は女性と対等でいたいと思っている。まあ正直、そうなれていない時もあるけれど、基本的には僕は人類皆平等だと思っているタイプだ。

だから性別だけじゃなく、例えば会社と労働者は対等だと思っているし、立場は違えど上司と部下も対等であるべきだと思っている。

その流れで、男性と女性も対等だと思っている。

こないだ、女性の知人と話していて彼女はこんなことを言った。
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全然、ゴールデンじゃないウィーク

GW前とかお盆休み前とか年末年始前とか、つまり長期休暇前の社会人あるあるだと思うんだけど、あらゆるタスクやアポを「じゃあGW明け(お盆明けor年始)に」と後回しにしてしまいます。

というわけで僕はここ数年間、GW中は少々憂鬱な気持ちで過ごす事が多くて。今年もそんな感じ。

そして今年の終盤戦は僕は一人で過ごす時間が多いので、昨夜からずっと会社の同僚から借りたゲーム→飯→睡眠→ゲーム・・・、というのを繰り返しています。

もうね、僕は覚悟を決めたんです。今年のGWはゲームしかやらんぞ!と。

というわけで、今日も朝からゲーム→飯→睡眠→ゲーム・・・となる予定です。

たまにはいいでしょう、はい。
ちなみにやってるゲームはこれです。とても面白いです、はい。
http://persona5.jp/

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女を武器にする人は苦手です

最近知り合った人の話。

とても綺麗な顔をしていて色白で身長も高くてスタイルもいい。おしゃれとか自己投資にも余念がなさそう。
そして飲み会になるとおっさんたちの話を楽しそうに聞いて、お酒もどんどん飲む。「私日本酒好きなんです。今度連れてってください☆」と何の躊躇もなく言い放ち、言われたえらい人は嬉しそう。

僕に対しても何だか目をキラキラさせて話してくる。多分彼女に悪意はない。多分、こうすれば男が喜ぶと思っているのだろう。

可愛いよ、認める。でも、僕はどうにもこういう女性が好きじゃないのだ。いや、好きじゃないというか、苦手なのだ。

基本的に建前が苦手で嫌いな僕からすると、別に僕なんかに興味なんてないだろうにどうしてそんな色目を使うんだろうと思っちゃう。ごめんね、めんどくさいおっさんで。

まあ、自分、青春時代がそんなに明るくなかったんで。みんなでウィーいとかできなかったし、カラオケやプリクラですら頑なに拒んできたような人間なんです。

まあ、精神は完全に童貞なんです。もう39歳にもなるのにね。
だからもっと普通にしてください。あなたもきっと本当は疲れてるんじゃないですかね・・・。

と、思ったりするわけです。

組織の完成度と個人の在り方と。

最近思うんですが、いや前から思ってるんですが、組織にとっての幸せって必ずしも個人の充実度と比例してないよなと思うんです。

我が社は僕が入社した頃は社員数数100人くらいの中小企業でしたが、今はでは9000人近い規模を誇る大企業になりました。
ビジネスモデルが当たり、会社は右肩上がり。そして社員数も増えて行き、成果出した人にはボーナスもガッポガッポ。

すごいですよね、組織として成熟しています。

でも、昔を懐かしむようなおっさんにはなりたくないけど、そこで働く社員一人一人は明らかに変わってしまいました。昔は仕事がみんな楽しくて、それこそ時間なんて関係なく深夜まで働いていたものです。自分の役割の仕事じゃなくても、「よし任せろ」みたいな感じで我先にと仕事に取り掛かってました。

ところが今はそうではない。職掌によって役割が決まってて、ワークライフバランスを皆さん大切にしている。必要以上に頑張らない。なぜなら頑張らなくても売上が上がるように組織ができているから。

組織って、人が変わっても成り立つことです。誰か特定の個人に依存している集団は組織とは言えません。規範やノウハウが共通言語として存在して、仕組み化することで誰がやってもうまく行くようになる。

それが、組織の目指すところ。

ただそこで働く社員は、完全にスキルダウンします。だって、自分の役割の仕事しかできないんだもん。そしてそれだけやってればいいんだもん。

まあそれでもいいよ楽だしって人もいると思います。でも、僕はなんだか不満なんです、それって。

燃え上がるような仕事がしたいですね。組織の規範なんてぶっ飛ばしてさ。

卒業。桜。別れ。

今日はなんだかとても暖かくて、そして桜が綺麗だなと素直に思えた日だった。
電車の車窓から見える桜がとても綺麗で、そして街を歩くと卒業式後と思われる袴姿の大学生たちがたくさんいて、そうか今日は卒業式がたくさんあるんだなと思った。

毎年3月は大体が切ない思いがしんみりとやってくる。別れの季節。いろんな関係性が変わり、終わる。

そんなことを思いつつ、卒業式の、あのなんとも言えない甘酸っぱくて爽やかな思い出が蘇る。

学生時代、友人の女の子と色々あって、もともと仲よかったけどひょんな事から一晩一緒に過ごしたことがあった。

でも夜が明けて朝になってからなんだかお互い気まずくなって、その後結局まともに会話することなく日々が過ぎていった。
キャンパス内ですれ違ってもお互い気づかないふりして、みたいな。大学3年生の夏の事だった。

そして時が過ぎ、卒業式が終わって謝恩会の席でその子に話しかけられた。
「一緒に写真撮ろう」と言われて、「お、おお」みたいなリアクションで二人で写真撮った。

その写真はいまだに僕のアルバムに残っている。その後彼女がどこでどうなったのかは知らない。大学院に行ったような気がするけど、覚えていない。

ゲスっちゃゲスな話だけど、それでも卒業式マジックがどーんと現れた一瞬だった。

桜。別れ。3月。

寂しいなあ。

四月になれば彼女は。


3月という季節の独特のソワソワ感って、ある。

4月から始まる新生活へのワクワク感が、冬を抜けた陽気とともにじわじわとやってくる。

でも僕にとって、やっぱり3月は別れの季節。僕は諸行無常が座右の銘なので、別れなんてあって当然だと思っているし去る者は追わない主義なので別れそのものに大した思い入れはない。

でもねえ、やっぱり一抹の寂しさはある。お別れする皆さんがこれから住む世界に、僕という存在は多分あんまり含まれていない。勿論逆も然りなんだけど、お互いがお互いで新しい世界を持ち、僕とはもう関係がなくなっていく。

ずっと続く縁なんて、ない。続けようと思わなければ、縁なんてぷっつりと、あっさりと切れてしまう。

そんなことを思いながら、僕は鼻をかむ。
今年は花粉がやばい。

そんなに名誉って欲しいんですかね。

人が働く理由とかモチベーションなんて人それぞれだと思っているし、多様性があっていいと思っています。
でもそれでも「否定はしないけど理解は到底できない」ということってあるもので。

出世とか名誉とか待遇って、そこまで大事なんですかね。
もちろん出世した方がいいだろうし何より給与面が上がるのはそりゃ羨ましいんだけど。

僕は、カッコつけるつもりはまるでないけど、嫌いな仕事で給料が高いくらいならやりたい仕事で給料低い方がいい。
もちろん、低いの程度はあるけれど。

みんなに褒められたからなんなんだろう、と思ってしまう。社外とか市場とかユーザからの評価だったら気持ちいいけど、出世とかって結局社内の評価じゃないですか。
そればっかり気にしてて、昇進することが目的化している仕事って、辛くないか・・・?

え、だって1日10時間は働くとして、それが一年間で240日続くんでしょ・・・?

それ、辛くないですかね・・・??よく耐えられるわ・・・。

クレーマーに会いました

いや、なかなか。

なかなかでした。

クレーマー。僕、飲食店とかでバイトしたことなかったし、これまでの仕事も大企業相手が多かったから、基本的に紳士を相手にすることが多かったんですね。

で、昨日ですよ。大声で罵声を浴びせられ、さらに蹴られました。二発。

今時こんな人、いるんだなーと思いました。怒ってる理由が「案内がわかりづらい」ですからね。
まあそりゃ僕らも少しは悪いところもあったと思うけど、そこまで怒ることかねえ、と。

その人の職業、教師ですよ。こんなのが教師してんのかと思いましたけどね。

民度って、大事だなと思いましたです。

人と人とは違う。

まあ、当たり前なんだけど、人と人は違うんだなと思う出来事がありまして。

僕が思っていること、感じていること、考えていることが、相手が一緒だとは全く限らない。

一緒の方向向いていると思っていたけど、そうじゃない。

でもそれは仕方ないことで、相手だってそう思ってるかもしれないし。

それを認めてあげれないのは、受け入れられないのは僕の弱さだなと思いました。

ちょっと辛い時間がもう少し続きそうです。

繋がる縁と、年賀状。

昨年から会社での年賀状が禁止になったからか、今年は僕自身も年賀状を書かなかったし、正月になって届く年賀状の数も極端に減った。

届いた年賀状は生命保険や不動産の営業さんからの年賀状がほとんどだったのだけど、何枚か知人からの年賀状も含まれていて、その中に僕が昔好きだった人からの年賀状が。

学生時代に好きだった人で、結構色々あったけど付き合うということはなく、縁が切れたと思ったら社会人になってお互い上京して街中でばったり会って再会。おまけに住んでるところも近所で帰りの電車でも何回か偶然会う、という奇妙なご縁。

学生時代は本気で恋い焦がれていて、僕の人生の中でもっとも影響を受けた人だといまだに思っている。じゃあ未練があるかというとそんなことは全くなく、実際再会して食事に行ったときも何も思わなかった。

このご時世なのに、僕は彼女のSNSアカウントを一つも知らない。知っているのはお互いの住所のみ。だから年に一度、こうして年賀状のやりとりをすることくらいしか僕は彼女と繋がる手段を持たない。ちなみに住所を見る限り、今も家は近所のようだ。

年末になると年賀状を慌てふためいて書いていたものだが、ここ最近はもうそれもない。年始になってLINEで新年のご挨拶とか届くご時世だ。年賀状なんてもう時代遅れなんだと思う。

でも、それでもこうして繋がっているご縁があるのはなんだか嬉しいことだなあと、そんなことを思いながら僕はお汁粉をすする。